【空白の法則】 捨てる時に売らないで寄付(友達にあげたりなど)したりすると何を手に入れられるのか?

空白の法則とは? 

f:id:no0620620:20191018212641j:image空白の法則をご存知だろうか?

古いモノを捨てると新しいモノが入ってくる法則である

私が捨てる時に売らないで、寄付(友達にあげたり)したりしたことによって得たことを3つご紹介します。

1.次から次に新しい物を買わなくなった

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要らない物は必ずフリマアプリで売っていましたが実験を機にフリマアプリを卒業。自分が思っていた以上に捨てる物の方が大半だったので心が痛くなり、買い物の仕方を見直すきっかけになった。

2.自分の好みがわかってきた

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今までは、見栄を張った買い物をしていて、自分の本当に好きなモノが見えなかったが、捨てるうちに大事にするモノが見えてくるようになった。

3.人との交流が物より大事だと改めて気付かされた

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前はとにかく物のことで、頭いっぱいだったが、今は人との交流をもっと大切にしていきたいと考えるようになった。 

 

実験の結果  心の豊かさを感じられる様になったと思う。

 

不登校のデメリット(おや編)

子供の不登校には、メリットの面があれば、もちろんデメリットの面もある。
何事もそうだが、メリットだけデメリットだけ、という事は決してない。
子供が不登校をしているだけで、親の気持ちとしては不安が膨張し、デメリットの面だけしか見えなくなってしまう気持ちは良く分かる。だからこそ、敢えて、前回は我が子が不登校した事のメリット(プラス)面を書いた。
今回は、当時、親として不安を抱え悩んだ(=デメリット)複数の事柄の中から今回は、2つだけ書いていてみたいと思う。
(あくまでも個人の感想です)

1.学校との関係

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学校との関係で、こんなにも悩み、そして苛立ち等の感情を抱くという事ががあるんだろうかという経験をしたのは我が子が不登校になってからである。
今思い返してみても、先生方の何気ない言葉や対応に親も相当傷つけられたのに、我が子が傷つけられてないって事はなかったんじゃないかと思う事がある。
ある日『学校にさえ来ることが出来ない人間は、ろくな大人にならないですよ』と
ある先生に、面と向かって言われ、愕然とした事があった。不登校した初期の頃のエピソードである。
先生にも先生の立場があるからなぁと思い、その言われた言葉を理解しようと努めてみたものの、相手の状況も考えず発言するのは、社会人(先生という立場であっても大人であり社会人でもある)としていかがなものなんだろう???と最後の最後まで理解は出来なかった。

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こういう学校に行かせて大丈夫なのかなぁという不安と、それとは裏腹に我が子に学校に行って欲しいとの気持ちの葛藤が、長い間続き、心身ともに疲れ果て病気をする要因にもなっていった。

2.周りの人(親族、ママ友など)への対応

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以前書いたが、我が子の不登校の理由は、いじめとか体罰とか、これっ!といった理由もなく、また本人自身も理由が分からなかったこともあり、親としては、周りの人々に、我が子の不登校の事について、何んて言っていいか分からず、初めのうちは話をはぐらかす感じで答えていたけど、途中からだんだん「学校になんで行かないの?」とか「学校に行ってないのに進路はどうするの?」などと質問されるのがしんどくなり、親族やママ友などにあまり会わなくてすむよう策(例えば、ママ友に会いそうな時間には買い物には行かない、親族が集まる時にはスーパー短時間で帰るなど)を練って行動したりして、別に何も悪いことをしたわけじゃないんだけど、自由な行動が出来ない時期があった。


不登校という事柄に関して昔に比べれば、
緩くはなってきているが、だからといって親の悩みが緩やかになっているかというとそうでもないと思っている。

ただ、時間の経過(短期間で解決できる問題だとは思わないが)とともにデメリットだった事もメリットに変わる時期が、来るものであると確信している。

 

 

不登校のデメリット

不登校をしていた時、「不登校にもデメリットってあるんだな」と思っていた時期がありました。そこで、不登校のデメリットを3つご紹介します。
※あくまでも、私が経験したことです。

1.不登校=勉強出来ない子と見られた

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学校に行ってた時よりも、勉強の量は少ないが、必要以上に勉強をしてないと家族からも思われていた。

実は不登校です!と打ち明けると変な顔をする人がいる 

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正直、私はこれが一番嫌でした。不登校です!などと言おうものなら、変な顔をされて空気が悪くなり、会話が途中で途切れることもあったり…。

朝に弱くなった 

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学校に行ってた時は、7時ぐらいに起きてもそんなにキツいとは思わなかったけど、不登校になってから、用事がある日、特に朝が早い日は本当に起きるのがキツかった。


不登校って自由だ!と思っていたけど、なったらなったで意外とデメリットもあって、学校に行ってる時とは違う不便さもありました。だけど、今は自分にとっていい経験だったなと思ってます。

 

 

不登校して良かったこと(おや編)

 我が子が不登校し始めた当初は、毎日悩み、不安にかられ、苦しんだり悲しんだりして、このまま一生暗いトンネルから抜け出せないんじゃないかと思うこともあったが、
いま当時を振り返ってみるとプラスな面も
あったように思う。
不登校してのプラスだったと思う事は、たくさんあったけど、ここでは2つの事を以下にあげてみたい。
(あくまでも個人の感想です)

1.自分でじっくり考え、判断し行動するように

なった事。

→学校に行っていた時は、どちらかというと周りの子に流されやすかった我が子。不登校をしてからしばらくはゲーム三昧の毎日だったが、ゲームに飽き時間を持て余すことが多くなったのか、本(マンガ、書籍、新聞等)を読むようになり、自分の意見をしっかり持つようになった。

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2.自主的に勉強をするようになった。

→学校に行かないと常に教えてもらえる人がいないんだと悟ったのか、ある時期から突然勉強だけでなく分からない事に関して、自ら本やインターネットで調べたり、身近にいる大人に教えてもらったりしながら、自主的に習得していった。

f:id:no0620620:20190930210438j:image我が子が不登校をした事で(一般的に)当たり前だと思って見ていた常識を、違う角度から何度も見直すという事を繰り返していくうちに、新たな発見に気づかされ、親も知らず知らずのうちに、我が子に勉強させてもらい、貴重な体験をさせてもらっていたんだと
いまは、思っている。

不登校でよかったと思うこと

今振り返ると、不登校になっていい面も悪い面もあったと思います。

そこで、今回は不登校でよかったと思うことを3つ紹介します。(※あくまでも私が経験して思ったことです。) 

1.学ぶ楽しさを知った

 独学で最初は何をすればいいのか全然わからなくて困ったけど、とりあえず勉強をしてみて、やってる内に段々楽しくなって、もっと学ぼう!という気が起きて学ぶ楽しさを知った。

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2.自由に発想できる環境

自分の古い固定概念に囚われないで、どうやったら楽しくできるかな?とか考えながら動けるようになった。(今も特訓中)

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3.1人で考える時間が持てた

 ひきこもっていたときもあったからかもしれないけど、自分が将来何をしたいのか?自分はどんな人間になりたいのか?など将来のことを1人で考える時間を持つようになった。

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上の3つの事は大人の年齢に近くなるにつれて、重要なことであると実感させられることが多くなってきた。
不登校をすると、ろくな大人にならないと言われたが、必ずしもそうなる訳ではない。自分の心の持ち方、考え方、周りの環境などで将来の選択肢の幅は広げていけると思っている。

 

 

我が子が自殺を考えていた時の親の想い

 不登校の子供をもつ親ならではの悩みあるあるはいくつもあるが、その中でも特に大きな悩みだったのは、我が子の将来の事そして
自殺の事だった。
子供の自殺に関しては、不登校の子供を持つ親だけの悩みだけではない。子供を持つ親の共通の悩みなのかもしれない。
子供の自殺対策は、1+1=2みたいな絶対的な正解がないし、何が正解で何が正解じゃないのか分からない。
その中でも、当時、もがきながら親として自分なりにやってきた事を書いていきたいと思う。


我が子の様子の異変に気付いたのは、不登校になってから、数ヶ月経った頃だった。
明らかに、普段と顔色が違う。

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顔色が違うだけなら、体調が悪いのかな??と思うだけだが、目つきが明らかに違っていた。生気のない目だ。
“自殺”のニ文字が頭をよぎった。
仕事中に“我が子が死んだ”と連絡が入るかもしれないと毎日ヒヤヒヤし、生きている心地がしなかった。
その当時、様々な本を読み漁ってみたものの著者によって意見がバラバラで、何が正解なのか分からなく混乱していた。

 

解決策もみつからず混沌とする日々を
過ごす中、ある時、正解かどうかは全く分からないけど、自分で考えた解決策というものをとりあえずやってみよう!と思い、色々試してみた。(以下に書いたものは解決策として考えた案の中のほんの一部です)

・コミュニケーションをとる
(各人がどんな1日を過ごしていたかを
話合う。
※各人の行動などに対しての否定はNG)

・家にいる時間が多い人が家事をする
(※得意な家事など子供自身の意見を
取り入れて、親が強制的になら
ないよう気をつける)

などなど…。

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親だって人間。神様みたいに我が子が考えなど全てを分かる訳ではない。
ただ、分からないからこそ、我が子の態度や言葉などに含まれる小さな変化を見逃さないよう、自分なりに細心の注意は払うよう努力はしてきた。

 

 

自殺したいと思ってたけど、思い留まった理由

 

Q.不登校の時、自殺したいと思ったことはあった?

A.自殺したいと思うこともあった。

 

Q.どういう時に思ったか?

A.家族と不登校のことで衝突して、自分のことを認めてもらえないと思った時。
学校に行けない自分は、要らない存在だと思っていた。

 

Q.なぜ、自殺しなかったのか?

A.マンガの続きが気になっていたから。(笑)

また、死ぬのが怖かったから。

 

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自分で死ぬのは怖かったし、当時、ハマっていた銀魂(マンガ)の続きが気になって仕方なかったので、どうせ死ぬなら次の巻が終わってから・・・あと2、3ヶ月待てば次巻出るし、それ読み終わってから・・・とエンドレスで続き、いつの間にか死にたい気持ちは薄れていた。

 

自殺したいとは思っていた時期もあったけど、マンガの続きが読みたかったがばかりに、自殺には至らなかったんだと思う。今も、マンガは自分にとって、常に心の支えになっている。

 

また、今思うと、周りに支えてくれる人がいたからこそ、生きてこれたのかなと思うようにもなった。