高校認定→大学受験〈子の想い第4回目〉

高認を取り終わって、何ヶ月かダラダラした生活を送っていた。


最初はアメリカの大学に行くつもりだったが、日本の医学部とアメリカの医学部は課程が違うため急遽、日本の大学へ変更。

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そこから、ひきこもり勉強ライフをスタートさせた。とりあえず、ひたすら勉強をする日々が続き、気づいたら模試も近くなっていた。模試でいい点を取れなかったら、やる気も出るだろうとか安易に思って、模試を受けたが結果はボロボロ(笑)

内心焦ったし、これじゃまずいとか思ってはいたけどやる気は失せる一方だった。


当時、自分は一体、何がしたいのかわからない、本当に大学に行っていいのか?とか思ったり、受験うつぽくなったりと感情に振り回されて忙しかった(笑 )

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鬱々とした日々は続いていた。

そんなある日、「自分の好きなことをやった方がいいよ!」と書いてある言葉に出会い、その言葉に背中を押され、大学受験を考え直す、きっかけとなった。

 

次回、子の思いへ続く

※子の思い、親の思いは5部構成になっています。興味のある方は、ぜひ見てください!


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高認を選択した我が子【親の想い第3回目】

いよいよ、中3になり、フリースクールに通ってたとしても進路は決めないといけない時期である。

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今後の進路について、子どもと話していた時「高校は全日も通信も行かない」と言い出した。「高校を卒業しないと進学も就職するのも大変だよ」と言うと「誰も高校を卒業しないとは言ってないじゃん。高認試験という制度を利用して資格を取って大学に行くの!」と言う。
高認試験⁉︎なんなんだ⁉︎その制度は。。
また、親の思いとは裏腹に別な道で挑戦していこうとする我が子。


数日後、子ども自身にも高認試験の説明してもらい(うちの家では、特に大きな費用がかかる時や重要な決定事項(進路など)については、子ども自身が親に納得する説明が出来た時点で、やってもいいというルールを作っている)一応、子どもの説明に納得はしたものの、
学力的にどうなんだろう?
高認試験を最後までやり通すことが出来るのだろうか?
社会の認知度的には?
高認試験に合格した後やっぱり大学には行かず就職したいってなった時、高校を卒業した
と認めてくれるんだろうか?
など、自分含め周りに高認試験を合格して、社会に出たという人がいなかったため、初めは不安しかなかった。
しかし、高認試験を独学で勉強し1科目1科目着実に合格する我が子の姿を見ているうちに、学校に行って勉強するのが当たり前だと思っていた、自分の考えを改めさせてくれたキッカケにもなっていった。

 

次回の親の想いへ続く…

 

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フリースクール→高校認定〈子の想い第3回目〉

フリースクールでも、学校と同様で、中三にもなるとどういう進路を選択するか決めないと行けない日がくる。


私は、高校に進学しようとか全然考えていなかったので、漠然と通信高校に行こうかなと考えていた。けど正直、全然気が進まなかった。

 

親にも通信高校に行くのかと突っつかれ、どうしようか考えていた頃、高校認定という制度をあることを知った。

高校認定の話を聞いた瞬間「ピンッ」ときたので、進路をこれに即決。(自分の中で)
なんとか親を説得し、高校認定を受ける体制ができた。

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高校認定の勉強に集中しようと思い、フリースクールをやめた。。。

 

次回、子の思いへ続く

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フリースクールに行く我が子【親の想い第2回目】

フリースクールに定期的に行き始めたのは、入会から3ヶ月後位経った、ある日突然だった。

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子供は、幼い頃から警戒心が強く、新しい場所に馴染むには人一倍時間がかかる性分のため"しばらく様子を見守るしかないかなぁ…と思っていた。1年間学校にも行ってないし、ここでフリースクールに行かない事を気に病んでもしかたないしなぁ…”と半ば諦めていた時であり、親としても何が何だかわからないうちにフリースクールに行くようになっていた。

 

フリースクールに通い始めてからは、友達も出来、毎日が楽しかったのか、家の中でも笑顔が増えてきた。 

ただ、子供がフリースクールに通って半年過ぎた頃、フリースクール内でゲームや自分達の好きな事をして大半は過ごし、勉強はやりたい人がやるというスタイルの話を子供から聞き、今までとはまた違う悩みの種が増えた。

 

次回の親の想いへ続く…

 

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不登校からフリースクールへ<子の想い第2回目>

時は流れて、中二の夏前ぐらいにフリースクールに通うようになった。

始めの2、3ヶ月は月に1回行くか、行かないかの状態が続いた。学校に行かない負い目があり、家にも居づらかったので、できる限り行くようにしていた。(慣れてからは、ほぼ毎日行っていたけど…笑)


フリースクールでは、同じ不登校の子と話したり、ゲームをしたり、自分たちで企画?をしてどこかに出かけたりなどをして楽しく過ごしていたと思う。

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家にひきこもってる間は、学校に行かないことは悪いことだと、ずっと思っていて辛かったが、フリースクールに行くようになって、学校に行かなくてもいいのかもと思うようになってからは、少しだけ気が楽になったと思っていたが…


次回、子の思いへ続く

※子の思い、親の思いは4部構成になっています。興味のある方は、ぜひ見てください!


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不登校のはじまり 【親の想い】

「家を出る時間をとっくに過ぎてるのに、
気持ち悪いって言ってトイレにはいったきり出てこないんだけど…。」という家族から、連絡があったのは、GW後、すぐの事だった。
当時、私は子供より先に家を出て仕事に行っていた事もあり、朝の(子供の)状況が全然分からなかった。体調不良ということであれば今日1日位休ませて明日からまた学校に行けばいいよ、と楽観的にしか思ってなかった。
しかし、次の日も昨日と同様な内容で家族から連絡があった。3日目も…4日目も…5日目も…。
“もしかして、うちの子は不登校なの!?”
“まさかね…うちの子に限って不登校ってことは…ないよね…”という葛藤していた。

・夜になると「明日は必ず学校に行く」というが、朝になるとトイレにこもってしまう。

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・学校を休む理由を何度も何度も聞いたが、「(学校を休む理由が)分からない」と言い理由らしい理由がない返答。
・学校の登校時間を過ぎると少し元気になるが、青白い顔をし魂が抜けたような覇気のない表情をしている子供。

家の中では、上記のような子供の状況が続いていたが、なんとか学校だけには連絡を入れなきゃと思い毎朝学校には連絡を入れてはいたが「今日もまた欠席ですか?プリントが溜まっているんですけど。お母さんが取りに来てくれないと困るんですけど。」など心ない言葉を言う学校の対応に、怒りというよりも子供を教育している学校という場所が、こんな対応するなんて…と、とても悲しい気持ちになった。 

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5月末位になってくると、家の中もギクシャクし始めた。
本人が1番苦しい事は頭ではわかっていたが、家や仕事や子供の事や学校とのやりとりなどに疲れ果ててしまい、学校に行けない事を
本人に責め立ててしまった事が何度もあった。。しかし、本人を何度責めても状況が変わる事はなく何もならないと思い責める事をしなくなったが、それを境にして、自分の方がストレスフルになり、病気になってしまった。。

 

次回に続く

 

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不登校になった原因ときっかけ<子の想い>

一人でも誰かが救われるようになればと思い、自分の不登校、ひきこもりの体験をできる限り詳しく話していきたいと思います。

 

不登校になった原因

  1. 一人の子をターゲットにしたイジメ
  2. 友達にLINEで死ねと唐突に送られてくる(LINEでやりとりをしてる時、限定で)

うつ病チックな頃に死ねとLINEで送られてくるのは非常にしんどかった。死ねと送ってきた子は、家庭環境のトラブルの影響で周りの子に当たっていたのかなぁと、今では思えるが当時は、死ねと単発でLINEに送られてくることが、恐怖の何物でもなかった。

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学校に完全に行けなくなったきっかけ

私が学校を休んだり、行ったりを繰り返すようになっていた頃、久しぶりに頑張って学校に行ったら「自分の机がない!」となり、後ろを見たら、机と椅子が角の方に寂しく追いやられていた。

 

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その日、1日はなんとか頑張ったが・・・

その日を境に行く気力が完全になくなってしまい、完全に学校に行けなくなってしまった。

 

上記で理由を述べて来たけど・・・

本当の理由は今でもわからない。

なので、当時「なんで学校に行かないの?」と聞かれても、わからないので答えられず、責められてるようにすら感じていた。

 

とにかく当時はしんどく、全てから逃げ出したかった・・・

 

次回、親の思いにつづく・・・

 

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